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東京高等裁判所 昭和39年(ラ)508号 決定 1965年4月27日

抗告人 小笠原哲秀 外一名

相手方 第一食品工業株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人らの負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、別紙抗告状記載のとおりである。

記録編綴の相手方会社商業登記簿謄本(五四丁)、相手方会社の抗告人らに対する証明書(六八、六九丁)、株主の持株名簿(八四、一一七丁)と各題する書面等によれば、相手方会社が即席ラーメンの製造販売等を目的とする資本金二、二五〇万円、一株の額面会五〇〇円、発行済株式総数四万五、〇〇〇株の株式会社であることおよび抗告人小笠原が額面一〇〇万円、同劉が額画一五〇万円の株式を有し、右発行済株式総数の一〇分の一以上に当たる株式を有する株主であることが明らかである。

よつて、抗告人らの本件申請の当否について判断する。

職権をもつて、按ずるに、記録編綴り各証拠資料によると、つぎの事実が認められる。

抗告人両名は、いずれも相手方会社代表者黄朝福ら六名とともに、会社設立の発起人となり、とくに抗告人劉は、設立当初から、専務取締役として業務執行を担当していた者であるところ、昭和二七年以降相手方会社と日清食品株式会社との間に、即席ラーメンの製法に関する特許権をめぐつて、紛争が生ずるに及び、抗告人劉一派と黄その他の取締役一派とが相反目するようになり、しかも当時相手方会社がかなりの負債を負い、加えるに、特許権に関する紛争もあつて、前途多難な状況にあつたので、抗告人劉は、会社の経営不振により被ることあるやも知れない不利益を避けるべく、昭和三八年二月頃専務取締役を辞任し、業務執行から身を引いたが(ちなみに、その後相手方会社の業績は向上し、相当の利潤を上げるようになつた。)、その後間もなく、相手方会社と競業関係に立つ東京都港区に本店を有する寿食品株式会社(即席ラーメンその他食品製造加工販売業)の取締役に、ついで、同年九月二〇日宇都宮市に本店を有する宇都宮物産株式会社(食品等の販売業)の代表取締役に就任し、この間相手方会社から従業員数名を引き抜き、あるいはみだりに株主名簿を持ち出す等もつぱら黄一派と対立抗争し、これを窮地に陥れようとするがごとき所為をとるようになつた。ところで、相手方会社は、その株式が抗告人劉その他の取締役によつてその大部分を占められている関係上、従来から株主総会を開くことなく、取締役全員了承のもとに、取締役会をもつて、事実上株主総会に代えており、抗告人ら主張の本店移転についても、かかる事情から、たんに取締役会の決議を経ただけで、株主総会の決議によらなかつたのであつて、抗告人劉も当時業務担当の専務取締役として、かかる措置に参画し、とくに、右の本店移転は、上述のように相手方会社と日清食品株式会社との紛争を契機とし、本庄市にある工場との連絡その他に不便を感じたため、黄と同抗告人との協議によつてなされたものであつたのである。なお、抗告人小笠原は、抗告人劉の使用人で、その持株も、実質上は同抗告人の実権に帰するたんなるいわゆる名義株にすぎない。

以上の事実が認められ、これと本件申請の全趣旨とを彼此対比して考察するとき、本件申請は、もつぱら相手方会社の利益を侵害して、抗告人ら自身の個人的利益追及のためになされたものと推認されるのである。

思うに、検査役選任請求権は、少数株主に与えられたいわゆる共益権であり、その行使は会社(株主)全体の利益のために認められるものであるから、その行使がかりに少数株主の利益追及のためになされたものとしても、その行使の前提要件が備わるかぎり、濫りにその行使をもつて権利の濫用として排斥することはできない。しかし、その行使が少数株主の利益追及のみの手段として、または、会社の業務担当者を困惑させることのみを目的としてなされる場合には、なおその要件事実の有無に立ち入らず、権利の濫用として、これを排斥し得るものと解する。けだし、かかる共益権の行使は、これを認めた趣意に反するだけでなく、その要件事実が備わる場合には、他の少数株主の正当な権利行使を期待し得るからである。本件において、抗告人らは、前示のごとく、自らの利益追及のため、いわば競争相手である相手方会社を困惑させようとして本件申請に及んだものであるから、その理由とする違法または不正の事実の有無はともかく、その申請は権利の濫用としてこれを排斥せざるを得ない。

のみならず、抗告人ら主張の事実中、株主総会不開催、または本店移転につき株主総会の決議を経ないという事実自体は、必ずしも商法第二九四条にもとづく検査役選任の事由たるものではない。けだし、株主総会を開催しない場合でも、会社の経理が適正に処理されている事例が決して稀ではなく、また、本店移転につき株主総会の決議を経なかつたこと自体は、会社の経理と関係のないことだからである。そもそも、少数株主に検査役の選任申請権を与えたゆえんは、会社の業務執行に違法不正があり、これによつて、会社財産に損害を与えている疑いがあるため、その事実を調査して、会社財産のいわれなき散逸を防ぎ、あるいは取締役の責任を追及して間接に株主の利益を擁護するためである。このことは、商法第二九四条が会社の計算の節に設けられていることからも明らかである。それゆえに、同条による検査役を選任するには、検査役が違法不正の業務執行により、会社財産に損害を及ぼしているかどうか、または取締役に責任を生ずるかどうかを調査する必要があると疑われる場合たるを要し、会社の財産に何ら影響のないたんなる違法の業務執行があるという場合だけでは足りないものといわなければならない。それゆえ、株主総会不開催等の主張は、それ自体理由がないといわざるを得ない。

抗告人らが主張するその余の事実、すなわち、相手方会社代表者黄朝福が一部取締役と相通じて、これに会社の金員を不当に貸し付け、または、会社名義の約束手形を濫発し、あるいは、使途不明の借入金がある等会社経理の乱脈その他の事実については、原審における抗告人劉正、星野力および陳重光の各供述がこれに副うけれども、該供述は、同じく原審における黄朝福、根岸武久、李天成、陳栄泰らの各供述と対比してたやすく措信しがたく、未だ右事実を肯認するに足りない。

もつとも、記録編綴の念書と題する書面二通(六一、六二丁)、原審における黄朝福および陳栄泰の各供述によると、相手方会社の代表取締役黄朝福は、同じく取締役の一員である陳栄泰が代表者である大和通商株式会社に対し、金員貸与の方法として、総額八〇〇万円に達する金額の約束手形八通を振り出し、これに対し同会社から、その返済方法として、同金額の約束手形を受領し、かつ担保として、陳から、同人名義の相手方会社株式五〇〇株の差入れを受けた事実が認められるが、右手形の貸与が関係者ら相通じてなした不正不当のものと認むべき資料はないから、未だこれをもつて、会社経理の濫脈ということはできない(もつとも、右の手形振出につき、取締役との間の取引として、これを振り出した黄朝福に商法第二六六条の責任が生ずることのあることは別問題である。)。

以上要するに、抗告人らの本件申請は、いずれにせよ理由がないから却下されるべきであり、これと同趣旨の原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 長谷部茂吉 浅賀栄 菅本宣太郎)

別紙

抗告状

東京都港区新橋四丁目一〇番地

抗告人 小笠原哲秀

同都練馬区桜台三丁目一二番地

抗告人 劉正

同都千代田区大手町二丁目八番地第三大手町ビル二〇三B

右両名代理人弁護士 平林正三

埼玉県本庄市二九八七番地

(送達場所 東京都中央区日本橋北新堀町一番地)

相手方 第一食品工業株式会社

右代表者代表取締役 黄朝福

右抗告人両名から相手方に対する浦和地方裁判所熊谷支部昭和三九年(ヒ)第七号検査役選任申請事件について昭和三九年九月一〇日右支部は左記のような決定をなし、該決定は同年九月一五日抗告人両名に送達されたが不服であるから茲に即時抗告をなす次第である。

原決定の表示

申請人等の本件申請を却下する。

申諸費用は申請人等の負担とする。

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す。

第一食品工業株式会社について、左記事項を検査させるため検査役の選任を求める。

一、会社の業務の執行に関し不正行為または法令もしくは定款に違反する重大な事実はないか。

二、会社の財産状況如何。

との決定を求めます。

抗告の理由

一、原決定が申請を却下した理由として述べていることは(一)会社は一般の会社の株主即取締役であるから、取締役会を以つて株主総会に代えて事務処理を行つたと称する被申請人の主張をそのまま裁判所が定款違反ではなく適法であると認定し(二)、本店移転の点についても申請人劉正がこれを承認して行つたものであると認め、(三)パテント使用に関する契約の点についても右劉正が署名捺印していることを同人自ら認めるところである(申請人劉正自身は署名捺印と云う形式は踏践していてもその内容、履行については全く知らされず一部の取締役のみがほしいままな処置をしていると陳述したものである)として表面的形式的な点のみを掴えた判断をし、(四)その他の業務執行に関する不正行為については被申請人の主張をその通りであると認定し、(五)さらに被申請人昭和三九年五月が関東信越国税局の調査を受けていることを申請人等が主張しているにも拘らず、被申請人の提出した決算報告書の紛飾された数字のみに眩惑されて被申請人の経理は安泰であると独断し(六)次いで申請人劉正の個人的な態度を批難する認定をなした結果少数株主権の濫用とまで認定している。

二、然しながら右認定の個々の点についてその認定が如何に誤謬に満ちているかに関しては追つて詳細に準備書面を以つて主張するが、(一)裁判所が株主ではない取締役が何名もいることを看過して取締役会即株主総会であるとの理論を是認するとは一体如何なる法律上の理由があるのか、果してのようなことが裁判所の判断と云い得るものであるのか、申請人等としては明らかに誤りであると思料される処であり、(二)税務官署が経理の不正を矯すための調査をしていることを申請人等が申述しているのにこの点を無視して被申請人提出の決算報告書のみに基いて経理の安泰を独断している点のみを考えても原決定は誤つているものと云えよう。

三、原決定は商法第二九四条の検査役選任の目的は株主の共益権に属すると述べている点は将にその通りであるが、経営に参画しない少数株主の保護規定であると述べている点はあたかも経営に参画しない少数株主でなければ本条による申請の資格がないかの如き考え方の根拠になつているかの如き観があるのは誤りである。

本条に基く検査役選任の申請が会社と同県内において同種の営業を行う競争者であり、その申請が競争者に対する自己の利益獲得のためになされたときはその申請は許せないとの判例(昭二四・一〇・三東京高裁判例)はあるが本件申請が被申請人が株式会社として正常に運営されることを念願してのものであることは縷々主張され申請人等以外の株主も取締役も本件申請の理由に添つた考えの者がいることはその者等の陳述中にあることも又明白である本件申請が右判例の事案のごときものでないことは云うまでもない処であり、共益権を株主の自益権行使のための手段として行使することは差支のないことは近時の有力学説の認めるところであつて、この点のみを理由として本件申請を却下するのは誤りである。

また権利の乱用であるとの判断については、原裁判所がどの点をとらえて権利の濫用であると云うのか、いささか明確を欠く憾みがあるが権利の濫用でない点についても、追つて詳しく主張する。

資本の十分の一以上に当る株主の検査役選任請求のあつたときは商法第二九四条の要件がある限り裁判所は必ず検査役を選任することを要し、会社財産の状況が危険でないことその他の理由をもつて請求を拒否し得ないと解するのが一貫した判例の考え方であり、本条の立法趣旨から考えても裁判所が取捨することなく検査役の選任をなすのがこの制度の趣旨に適合するものであると信ずる。

従つて本件申請を却下した原決定は明らかに誤りであつて抗告の趣旨記載の通りの決定を求めるため即時抗告に及びます。

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